「アルノ河渓谷の風景」レオナルド・ダ・ヴィンチ初期スケッチの魅力
少年レオナルドの筆跡が残る風景画
「アルノ河渓谷の風景」は、記録が残るかぎりでは、レオナルドがヴェロッキオ工房に入って以降に描いた作品の中で最も古いものとされています。
画面左上には、レオナルド自身の署名も見られます。
そして、スケッチをよく観察すると、細やかな筆跡のあちこちに左手で描いたことを示す特徴が見受けられます。
⇩下の画像のように、左手で描くと、線は右下に向かって傾くのです。


これらの筆跡から、レオナルド独自の描画技法を垣間見ることができますね。
しかし、このスケッチは、人物画の背景を描くための、背景のスケッチとして作られたものなのです。
けれども、風景の描写が非常に精緻であるため、これだけでも独立した作品として十分に楽しむことができる丁寧な素描です。
風景画の概念がない時代の「写実的な風景画」
この時代、当時はまだ「風景画」という考え方はありませんでした。
しかし、自然をありのままに観察し、正確に描こうとする姿勢は、その後もずっとレオナルド・ダ・ヴィンチの作風に受け継がれていくのです。
なぜなら、のちに描かれる幾つもの聖母子の肖像画や、あの有名な「モナリザ」の背景にも影響しているのですから…..
ヴェロッキオ工房でのレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子時代と代表作
忙しい工房の仕事での役割分担とは
当時のヴェロッキオ工房は、多くの仕事を抱え次々と仕上げていく必要がありました。
忙しい工房では、親方であるヴェロッキオが全体の構図を決め、細部の描き込みは弟子たちに任せるという制作方法がとられていたようです。
弟子たちは、親方が決めた下絵に交代で筆を入れ、親方が「これで良し」と判断するまで完成度を高めていきました。
そうしたグループ制作の中で、レオナルドが手がけたとされる作品には「トビアスと天使」「キリストの洗礼」「受胎告知」などがあります。
これらの絵の、どの部分がレオナルドによるものかを見極める作業は、まるでクイズや宝探しのようで、研究者にとっても楽しみであると同時に悩ましい挑戦ですね。
「トビアスと天使」に見るレオナルド・ダ・ヴィンチの精緻な描写

「トビアスと天使」では、トビアスがぶら下げて持っている魚、そして、ふわふわとした犬の毛がレオナルドによるものだといわれています。


ロンドン・ナショナルギャラリー所蔵のこの作品、ぜひ本物を拡大して観察してみてください。 ↑クリック!
「キリストの洗礼」に描かれたレオナルドの天使の描写

「キリストの洗礼」には、天使が2人描かれています。
天使たちは、キリストが洗礼の後に羽織るローブを持って、洗礼者ヨハネが執り行う洗礼の儀式が終わるのを待っているのです。
2人いる天使のうちの左側の天使がレオナルドの手によるものといわれています。

天使が来ている衣服のドレープの表現や、
[天使がちょうどキリストのほうを向いた瞬間]を
思わせる、ふわりとした金色の髪。
そして、衣服の下にある骨格や肉付きまでも
感じさせる描写には、思わず驚かされます。
「キリストの洗礼」はイタリア・フィレンツェにあるウフィツィ美術館が所蔵しています。
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親方の人生を変えた弟子

「キリストの洗礼」の天使の描写は、ヴェロッキオ工房で親方から学んだものではなく、レオナルド自身が独自の手法で描いたものです。
弟子入りしてわずか数年の間に、レオナルド・ダ・ヴィンチはそれまで自分が描いてきたものをはるかに超える緻密な描写と表現力を見せました。
親方ヴェロッキオはそのあまりの衝撃に、絵筆を置く決心をしたといわれています。

ある日、レオナルドの描いた天使に感銘を受けた親方ヴェロッキオは、この作品の主役であるイエスの部分に手を加えることを許しました。
すると、レオナルドが手直ししたキリストの腹部は、柔らかく繊細な姿に変わります。
しかし、実をいうと、レオナルドがこのような表現をすることが出来たのは、才能だけではなかったようなのです。
親方ヴェロッキオが伝統技法である「テンペラ」で描いていたのに対し、新しく生まれた「油彩」という技法を習得していたから…ということもあるようです。

皆さんは、他にもレオナルドの加筆はあるかな…と思いますか?
若き日の天才の筆致や、レオナルド・ダ・ヴィンチが工房でどのように技術を磨いていったのかを感じ取ってみてくださいね。
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拡大して見る魚の表現に、皆さんもきっと驚かされますよ~!