あなたは知っている?受胎告知の絵画の象徴

受胎告知とは何か?

聖母マリアをめぐる物語

受胎告知とは、大天使ガブリエルが聖母マリアに、イエス・キリストの誕生を告げた出来事を指します。

その本質は、「人間と神が出会う瞬間」といえるでしょう。

この物語は『ルカによる福音書』(1章26–38節)に記されています。

神から遣わされた大天使ガブリエルは、ガリラヤのナザレという小さな町で、マリアという名の若き処女のもとを訪れます。

彼女は、ヨセフと婚約していました。

大天使ガブリエルはマリアの前に現れ、こう告げます。

「恵みに満ちた方、おめでとう。主はあなたと共におられます。」

さらに大天使は、マリアが神の御心によって男の子を宿し、その子がイエスと名付けられること、そして「偉大な者となり、いと高き方の子と呼ばれる」と語ります。

しかし、まだ男性を知らなかったマリアは、驚きと畏れをもって問いかけます。

それに対し、大天使ガブリエルは、「聖霊があなたに降り、生まれる聖なる方は神の子と呼ばれるでしょう。神に不可能はありません。」と静かに答えます。

こうしてマリアは、神の御心を受け入れ、「私は主にお仕えする者です、神の御心に従います」と応え、従順に身を委ねたのでした。

世界最古の受胎告知フレスコ画

12世紀のサンタ・マリア・デッラ・アミラリオ教会の受胎告知モザイク
The Annunciation, mid-12th cent.

上のフレスコ画は「世界最古の受胎告知」と言われる作品です。

大天使ガブリエルは流れるような衣をまとい、手には笏(しゃく)を持っています。

マリアは青いローブに、星がちりばめられた紫のヴェールを纏い静かに座っています。

また、初期の外典文書(ヤコブ原福音)に記される伝承によれば、天使が訪れたとき、マリアは神殿で用いられる新しいヴェールを作るために紫の糸を紡いでいたとされています。

マリアは、左手に巻き糸(ディスタッタ)を持っています。

そして、マリアの右手の親指から、膝の上に置かれた糸籠に、糸が柔らかく伸びている様子がわかりますね。

この糸を紡ぐ姿は「マリアがイエスを宿すことで、キリストの物語がここから始まる」という意味を、糸を紡ぐ動作になぞらえた象徴的な意味として解釈されています。

受胎告知における象徴

フラ・アンジェリコによる「コルトーナの受胎告知」の一部、コルトーナ市立博物館所蔵
コルトーナ市立博物館蔵 / フラ・アンジェリコの「受胎告知」部分

受胎告知における聖母マリアと大天使ガブリエルの関係

神の使者と人間の象徴的関係

大天使ガブリエルは、神の意志を伝える役割として描かれ、流れる衣をまとい、白いユリの花、もしくは笏(しゃく)を手に持ち、その使命を象徴します。

一方、マリアは青いローブや星の飾られた紫のヴェールを纏い、聖書を読んでいるなど信仰深く静かに座る姿が多く描かれます。

2人の位置や視線、手の動きは、神の計画と人間の受容の関係を示しています。

対話的な関係の表現

多くの受胎告知画では、ガブリエルが一方的に告げるのではなく、マリアが驚きや問いを示す姿で描かれます。

たとえば、上でご昇華したフレスコ画では、マリアが右手を胸に当てたり、左手で糸を紡いだりしていますね。

そのしぐさが、マリアの心の動きである「驚き」「戸惑い」「受容と理解」の3つのプロセスを象徴しているというわけです。

つまり、この表現は、単なる命令者と従者の関係ではなく、相互の対話を通じた理解の関係であり、信仰と従順の象徴であることも示しているのです。

たまざわふみえ

鑑賞者である私たちは、作品によって「3つの感情のうちの何がもっとも感じられるか」を鑑賞できるのが、面白いところですね。

白百合が象徴するものは

受胎告知で大天使ガブリエルが聖母マリアに贈ったユリの花

白百合は、その清らかで凛とした花姿から、古くからさまざまな象徴として扱われてきました。

特に西洋の宗教美術や文学では、純潔・無垢・神聖さの象徴として知られています。

キリスト教絵画では、白百合は聖母マリアの象徴としてよく描かれます。

受胎告知の場面でマリアのそばに白百合が描かれるのは、彼女の清らかな心と神に仕える純粋な姿勢を示しているのです。

また、百合の花の白さは、罪のない清浄さ神の恵みに満たされた存在を表すという意味も持っています。

鳩が象徴するものは

受胎告知で聖霊を象徴する白い鳩の図像
神の存在が「手」として描かれています

受胎告知に描かれる鳩は、聖霊(神の霊)を象徴しています。

神の力がマリアのもとへ降り、イエスの受胎が始まることを示す印として描かれ、神の意思・清らかさ・祝福を表す存在です。

作品の中に見る告知の瞬間

受胎告知は、聖母マリアと大天使ガブリエルが出会う神聖な瞬間を描くテーマとして、長い美術史の中でさまざまに表現されてきました。

プリシッラのカタコンベ(3世紀)

ローマのプリシッラのカタコンベに残る初期キリスト教のフレスコ画で、受胎告知を描いた最古級の例
プリシッラのカタコンベにある受胎告知

ローマ・プリシッラのカタコンベ(地下墓地)に残るフレスコ画は「受胎告知」の最も古いもののひとつです。

非常に簡略化された構図で、マリアと天使の象徴的な距離感が強調されています。

ここでは人物の動きや表情よりも、神の意志と人間の受容という関係性の象徴が重視されています。

初期キリスト教美術における、静かで抽象的な告知の表現の典型です。

ロレンツォ・モナコ『受胎告知』祭壇画(14世紀末〜15世紀初頭)

ロレンツォ・モナコによるゴシック後期の受胎告知の三連祭壇画。中央に天使ガブリエルがマリアに神の言葉を告げる場面が描かれ、左右に聖人が配されている。
受胎告知の三連祭壇画 (ロレンツォ・モナコ)

ゴシック後期のロレンツォ・モナコが描いた受胎告知の祭壇画は、華やかな装飾と静かな気品が調和した作品です。

マリアは繊細な青の衣に金の装飾をまとい、凛とした威厳と神聖さを湛えています。

対する大天使ガブリエルは、流れるような優雅な動きでマリアに近づき、告知の言葉を届けます。

2人のわずかな距離や身体の向きの重なりは、神の意志をそっと受け入れる人間の姿勢を象徴しているかのようです。

背景を包む金箔や細やかなゴシック装飾は、神聖な光の存在を感じさせ、告知の瞬間をいっそう荘厳に際立たせています。

この祭壇画は、象徴性と装飾性を豊かに織り込みながら、神聖で格式ある受胎告知の情景を静かに描き出しているのが見どころと言えるでしょう。

フラ・アンジェリコ「受胎告知」(15世紀)

フラ・アンジェリコによる「受胎告知」(1440–1445年頃)、フィレンツェ・サン・マルコ美術館所蔵の祭壇画
1440–1445年頃フィレンツェ・サン・マルコ美術館蔵
フラ・アンジェリコによる「受胎告知」フレスコ画(1437–1443年)、サン・マルコ修道院の修道士の独房に描かれた場面
サン・マルコ修道院
修道士の独房の壁のフレスコ画

フラ・アンジェリコの「受胎告知」は 1枚だけではありません。

一般的には 、主要作が3点+関連するフレスコ画1点”の 計4点 がよく知られています。

ルネサンス初期のフラ・アンジェリコは、柔らかな色彩と穏やかな光で、マリアの静謐な表情と天使の神聖さを描きました。

人物や空間に奥行きを持たせることで、神と人間が出会う瞬間の静かな感動を視覚的に伝えています。

象徴的な白百合や衣装の青も、マリアの純潔や神の恵みを表す要素です。

アントネロ・ダ・メッシーナ「受胎告知」(15世紀)

アントネロ・ダ・メッシーナによる「受胎告知」(15世紀)、繊細な色彩で描かれたルネサンス期の絵画
1476年制作 シチリア州立美術館蔵

アントネロ・ダ・メッシーナの受胎告知では、構図の整然とした美しさと静けさが際立ちます。

その静かな「驚き」「戸惑い」、そして聖書を読んでいるマリアの信仰から「受容」がわかるように表現され、遠近法や柔らかな光の表現を通して、神聖さや秩序が伝わってきます。

後に現れるカラヴァッジョ(下の作品)が瞬間のドラマを切り取るのに対し、この時代のアントネロの「受胎告知」は、平穏で落ち着いた物語を描いています。

ここでは、象徴的な告知の場面だけをテーマに描くことで、マリアの純粋さや神に委ねる姿勢を落ち着いた筆致で示している…というのが見どころです。

カラヴァッジョ「受胎告知」(17世紀)

カラヴァッジョによる「受胎告知」(17世紀)、劇的な明暗表現で描かれた絵画
1608年制作 フランス・ナンシー美術館

カラヴァッジョの『受胎告知』では、陰影の中から浮かびあがる人物描写の強烈なコントラストが印象的です。

この描きかたは、キアロスクーロと呼ばれ、カラヴァッジョが描いたことで、その後の西洋美術に大きな影響を与えた手法です。

ちなみに、カラヴァッジョ以前では、レオナルド・ダ・ビンチの「岩窟の聖母」でこの描き方が見られます。

この「受胎告知」では、大天使ガブリエルは光そのもののように舞い降り、マリアの前に告知の言葉が降りてくる瞬間が切り取られるように描かれています。

しかし、この場面でマリアが大天使ガブリエルの存在(気配)に気づいていないのが、なんともドラマチックです。

ここでは象徴的な小物や装飾に頼らず、光の演出と人物の動きによって、告知の瞬間の緊張感と神聖さが強調されています。

鑑賞者は、静かにその場に立ち会っているかのような臨場感を味わうことが出来ます。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「受胎告知」(19世紀末)

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる「受胎告知」(1914年)、柔らかな光と象徴的な構図で描かれた絵画
1914年制作 個人所蔵

19世紀に入ってから描かれたウォーターハウスの「受胎告知」は、鑑賞者は、神聖でありながらも人間味のある瞬間を感じ取ることができますね。

画面に感じる自然光と、静かに伸びる大天使ガブリエルの手の動きが、告知の神聖さとマリアの純潔を象徴しています。

青い花(たとえば矢車菊や小さな野花)は信仰心、希望、謙虚さの象徴です。

そして、小さな青い花は、伝統的にはマリアの控えめな性質や、神に委ねる姿勢を象徴しているといわれます。

しかし、この作品に描かれているマリアは特別な存在ではなく、私達に身近な存在として「奇跡は誰にでも起きることなのかもしれない」と示唆するように描かれています。

周囲の緑(葉や草木)は、新生、生命の息吹、再生の象徴でイエスの誕生という「新しい命の芽生え」を暗示します。

また、自然光と合わせて描かれることで、神の祝福がこの世界に降り注ぐことを示唆しています。

情感豊かで叙情的な雰囲気の中に、告知の瞬間やマリアの心境が繊細に表現された、どこかクスッと笑ってしまいそうなおもしろい作品ですね。

たまざわふみえ

こちらでご紹介した画家は、私の個人的な嗜好で選んでいます!

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