歴史をひもとくと、1517年のルターによる宗教改革は、ブリューゲルが生まれる少し前の時代です。
これにより、カトリックとプロテスタントの対立が激化し、ブリューゲルが生きた時代は、ヨーロッパ全体が宗教と政治の混乱期にありました。
その結果、信仰をめぐる戦争や処刑、異端審問が相次ぎ、人々は宗教的な不安と恐怖に包まれていたのです。
恐怖と不安の時代に描かれた死の象徴

当時の不穏な社会状況のなか、人々は誰もが「終末の時代が来るのではないか」という不安を感じていました。
ブリューゲルの「死の勝利」は、こうした人間の愚かさと死の普遍性を風刺的に表現しているといわれます。
また、当時ヨーロッパでは、ペスト(黒死病)が何度も流行していました。
この感染症は人々の間に「死は誰にでも突然訪れる」という恐怖を植えつけ、「死の勝利」のような死の普遍性・避けられなさを主題とした絵が生まれる土壌となりました。
ブリューゲルの絵に描かれる、骸骨の軍勢が人間を一掃する光景は、まさにこの「死の支配する時代」の象徴なのです。
絵に込められたメッセージ
死の前の平等─ブリューゲルの風刺と寓意

ブリューゲルは、単に死の恐怖を描いたのではなく、「どんな身分の人間も、死の前では平等である」という強い風刺的メッセージを込めています。
絶望的な光景の中にも、人間の愚かさや生のはかなさを冷静に見つめる視点があり、それは「王も、恋人たちも、兵士も、誰も死から逃れられない。」というものです。
この点で、彼の作品は単なる宗教画や寓意画を超え、人間存在そのものへの哲学的な問いを投げかけていると言えます。
この点で、彼の作品は単なる宗教画や寓意画を超え、人間存在そのものへの哲学的な問いを投げかけていると言えます。

馬に乗った骸骨は、おそらく聖書の黙示録の四騎士を暗示しているのでしょう。
この絵は、農民や兵士から貴族、さらには国王や枢機卿まで、様々な社会的背景を持つ人々が無差別に死に運ばれていく様子を描いています。
黙示録の四騎士とは
黙示録の四騎士とは、新約聖書の『ヨハネの黙示録・第6章』に登場する、世界の終わりを象徴する4人の騎士のことです。
- 白い馬の騎士:征服や勝利、支配の象徴とされます
- 赤い馬の騎士:戦争や流血、暴力の象徴です
- 黒い馬の騎士:手に天秤を持って現れ食糧不足や経済的困窮を意味します
- 青白い馬(灰色の馬)の騎士(死):疫病、と破滅を象徴します

そして、四騎士たちは、ヨハネが天の幻の中で見た「封印を解く小羊」によって封印が解かれると、4つそれぞれの封印から1人ずつ騎士が現れます。
封印を解く小羊(こひつじ)」とは『ヨハネの黙示録』に登場する、イエス・キリストを象徴する存在です。
これらの四騎士は、終末の始まりを告げる存在として、長く、西洋美術・文学・映画などで象徴的に描かれてきました。
ブリューゲルの「死の勝利」に描かれた内容とは
死の寓意が語る ブリューゲルの細部描写

死の荷馬車の前に女性が倒れています。
そして、彼女のもう片方の手に持っているハサミは今にも切れそうな細い糸を持っています。
これはギリシャ神話の運命の三女神のひとりである女神の❝糸を切る=死をもたらす❞ を暗示しています。

瀕死の王の金貨と銀貨の樽は、右側にいる骸骨に略奪されていますね。
骸骨は空の砂時計で、文字通り王の命が尽きようとしていることを警告しています。
しかし、王は気づいていないようです。
愚かでケチな王は、この世の最後の思いに駆られて、それでもむなしく、富に手を伸ばしているのです。
どうやら、悔い改めの必要性に気づいていないようですね。

こちらでは、目覚めつつある信仰深い巡礼者が、財布を狙った骸骨の強盗に喉を切られています。

この、薄いブルーの上着を着ている後ろ姿の男性は、枢機卿です。
その枢機卿を、抱きかかえるように導いているのは骸骨です。
骸骨が赤い帽子をかぶっている様子は、まるで枢機卿を嘲笑うかのようですね。
そして、ここでは生きている者たちが、恐怖に駆られて逃げ惑う姿が描かれています。

恐怖にかられた叫び声が聞こえてきそうですね。

フード付きの青色のローブを着た骸骨が、嘲笑しながらテーブルに運んできたものは…..
人間の骨でできた料理です。
それを見た女性は、自分に死が近づいていることを悟って、恐怖で凍り付いています。
ブリューゲルが融合させた2つの死のイメージ
ブリューゲルは、このパネルの中に2つの異なる視覚的伝統を融合させています。
これらは、北方系木版画の伝統である「死の舞踏」と、イタリアにおける「死の勝利」という概念の両方です。
北ヨーロッパの、特にドイツやフランドルでは、「死の舞踏(Danza Macabra)」という、死神が人々を次々と踊りに誘い、身分を問わず死に連れ去るという風刺的・道徳的な図像が発展しました。
それに対し、イタリアでは14世紀にヨーロッパを襲った黒死病(ペスト)が考え方の根源にあります。
膨大な死者を前にして、人々は「死の不可避性」と「人間の虚栄の無意味さ」を強く意識するようになりました。
その中で生まれたのが、死が最終的にすべてを支配する=死の勝利という思想です。

イタリアで生まれた「死の勝利」の思想
ブリューゲルはフランドルの画家ですが、イタリアを旅行し、この「死の勝利」の伝統を目にしました。
彼の作品「死の勝利(The Triumph of Death)」では
- 無数の骸骨軍が世界を襲い、人間の社会を破壊する。
- イタリア的な「死の行進=死の勝利」と、北方的な「死の舞踏=死との個人的対話」とを融合させた構図
が特徴といえます。
イタリアのシチリア州立美術館のIl Trionfo della Morte(「死の勝利」)のサイトです。


私たちはコロナ禍をくぐり抜けましたが、それでも、過去の人々が味わったであろう、さらに深い恐怖に思いを馳せることができますね。













https://www.metmuseum.org/art/collection/search/336215?utm